BABYMETALとさくら学院に出会った

いろんなテーマで、BABYMETALとさくら学院への愛を語ります。

YUIMETALのこと。2018年のBABYMETALのこと。(後編)

 YUIMETALについて、そして2018年のBABYMETALについて自分なりの理解を書き留めておこう、と思い書き始めましたが、2018年内に完成させることが出来ませんでした。

 

この後編ではMETAL RESISTANCE EPISODE Ⅶ、そして2018年のBABYMETALについて書いてみたいと思います。

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METAL RESISTANCE EPISODE Ⅶについて

 

METAL RESISTANCE EPISODEⅦ(MREⅦ)は、のちにBABYMETALの物語を振り返った時には間違いなく「変革の時期」として記されるものだろうと思うのですが、難しいのはこのタイミングでBABYMETALチームにとって想定外だった大きな出来事が立て続けに起こったことです。2018年1月には神バンドの中心的な存在であった藤岡幹大さんが急逝し、そして前年12月から継続するYUIMETALの不在がありました。こうした、グループの根幹を揺るがす程の出来事は当然パフォーマンスの演出などにも影響を及ぼしていると考えられ、そのために2018年半ばあたりまでは、このMREⅦで起こっていることが計画通りなのかイレギュラーなのかが分からなくなる事が度々ありました。

 

僕は、5月に初めてMREⅦの演出と4人体制(SU-METAL、MOAMETAL、ダンサー2人)のパフォーマンスを観た時には、これはイレギュラーであり “苦肉の策” をとったのだと思いました。5月8日、ワールドツアーのスタートとなるミズーリ州カンザスシティでの公演。まずTwitterのTLに「ステージ上に4人いる」「YUIMETALがいない」「SU、MOAとあと2人、見た事ない人がいる」という情報が流れました。追ってすぐにファンカムの映像を目にした僕が感じたのは、MREⅦでのBABYMETALはそれまでのBABYMETAL像を積極的に破壊しているということでした。

 

この時点では多くのメイト達から痛烈なブーイングを浴びたメイクや衣装は、BABYMETALが表現してきたカワイイ(Kawaii)の要素を排除し、過去のBABYMETALに慣れている人間に強い違和感を残しました。当時、僕はこれをYUIMETAL不在を逆手に取った演出と考え、敢えて今までとは全く異なる姿を見せる事により、「現状はイレギュラーなんだよ」というメッセージをBABYMETALサイドが発信しているのだと思っていました。f:id:poka-raposa:20190103174703j:plain

 5月8日の時点での僕の考えはこんな感じでした。

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 藤岡さんのこと。そしてYUIMETAL欠場の衝撃が大きかったため、その状況から引っ張り出されたアイデアがMREⅦの骨格なのではないかと考えていました。しかし、アメリカツアーの様子が徐々に分かってくるにつれ、その印象は変化していきました。前編にもリンクを貼りましたが、5月15日に投稿したエントリには自分でこう書いています。

エピソード7で起きていることについては様々な人が様々な考察をしています。ツアーの開始から1週間経って少しずつ分かってきた事もある中で結局僕がいま感じているのは、これはBABYMETALのストーリーが予定通り展開されている、それに尽きるのではないかということです。現在のカタチは苦し紛れでもやっつけでもなく、長い時間をかけて検討され、周到に準備されたストーリーが実行されているのではないか。その「背後」に何があるか、それを穿つのはそれこそ詮無きことであるし、恐らく今後も語られることはないでしょう。ただ、5月8日以降、情報の出るタイミングと出処。ステージ上での表現の完成度。そして何よりも、雑音を薙ぎ払うように驚異的なパフォーマンスを続けるパフォーマーたちの姿。そこには迷いや苦悶は感じられず、確信と自信、そして表現の喜びに満ちているように思えます。 

ライブパフォーマンスの映像では決して付け焼刃ではないように見えたし、また同時期に(目立ちはしないもののBABYMETALのアーティスト活動において大きなトピックスであった)グラフィックノベルのプロデューサーがKOBAMETALとの邂逅を語ったというSOUNDCLOUDの翻訳記事を読んだ時にも、MREⅦの根底には元々しっかりとしたコンセプトが存在していたのではないかと思わされました。

KOBAMETALはアミューズからかなり自由を与えられてた 【海外の反応】 - BABYMETALIZE

 

 METAL RESISTANCE EPISODE Ⅶが終結した今あらためて思うのは、2018年にBABYMETALが見せた「表現」それ自体はずっと以前からBABYMETALチームの中に構想があり、MREⅦはそのコンセプトに藤岡さんのことやYUIMETALのことを鑑みてアレンジを加えたものだったのではないか、という事です。DARK SIDEというキーワード、サポートダンサーを加えたTHE CHOSEN SEVEN、「Kawaii Metal」から逸脱した世界観。それらは緻密で周到な準備が為され、同時に瞬発力のある判断でイレギュラーな事態に対応する演出でした。何よりもBABYMETALチームが求めるクオリティをしっかりと保った演者の皆さんのパフォーマンスは、チームの様々な部分に変化はあっても決して揺らいではいない事を示しているように思えました。

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上記は5月20日(日本時間21日)Rock On The Rangeでのパフォーマンスを観た直後にツイートしたものです。この時僕はかなり高い確率でYUIMETALは復帰すると信じていたし、BABYMETALチームもそれを信じていたと今でも思っています。結果としてYUIMETALの復帰は叶わなかったのですが、この時に直感していたこと=MREⅦでBABYMETALが見せてくれた表現はその場凌ぎなどではなく自信と確信に基づいたものである、という考えが変わる事はありません。

 

2018年のBABYMETALについて

 

さて、2018年はBABYMETALにとって激動の1年でした。そしてまた、外的要因に揺さぶられながらも、実は地道に前進した1年でもあったと思います。グラフィックノベルの発表。アパレルブランドの立ち上げ。マネジメント会社の設立。4曲の完全なる新曲を演奏し、2曲は配信ではあるもののシングルとしてリリースされました。その中でも「Starlight」は藤岡幹大さんへのトリビュートである事に疑いはなく、2017年時点ではリリースの予定は無かった楽曲だと思われます。

 

ライブ活動に目を向けてみれば、それまで単独公演をおこなった事が無かったアメリカ南部、なかんずくテキサスやジョージアといったディープサウスでの公演を成功させたこと、Download UKへの参加、そして国内で自身初となる “ホスト” としてのジョイントライブの開催。12月にはJudas Priestのサポートアクトとしてのシンガポール公演、そして初めてのオーストラリア公演。それらを、今まで強く繋がり合っていた仲間を失い、自らが築き上げてきた成功の要素を破壊しながらも、成し遂げたのです。真正面から勝負して。

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失ったものの大きさにばかり気を取られがちですが、こうやって冷静に顧みてみると、得たものも大きかった1年だったことが分かります。間違いなく、BABYMETALは、新たな武器を手に入れたのだと思います。そして傷つきながらも前に進んでいるのだと。

 

2018年のBABYMETALが見せた表現の変化は、以前からBABYMETALを知るファンにとって少なからずショッキングなものでした。藤岡さんの事があり、YUIMETALの事を案じながら過ごした数ヶ月の時間を経て、久しぶりに目の当たりにしたBABYMETALからは、「カワイイ」という要素がごっそりと抜け落ちていた。ショックを受けるのは当然の事です。5月以降よく見かけたのは、マネージメント側の「過干渉」がパフォーマー3人の自由を奪ってきた、という言説でした。個人的には、SNSを解禁して欲しいなどのプライベートOP論は(本人達の希望が確認できない以上は)あくまでも受け手側の願望に過ぎないのであって、論じるのは不毛かと思います。ステージ上に関する事で言えば、表現やパフォーマンスにおいて、3人が握るイニシアチブはBABYMETALとして活動する時間を重ねるごとに大きくなっていったのではないかと思っていて、この2018年のBABYMETALの表現にも、パフォーマーの意思が反映されていると見るのが妥当と僕は考えています。

 

ここからは完全に個人の「思い込み」レベルの話になってしまうのでそのつもりで読み流して頂きたいのですが、僕は2016年頃までのBABYMETALは、やはりまだ「重音部」の延長線上にあったユニットだったのではないか、と思っています。10代半ばの少女たちが、ヘヴィメタルという彼女たちから最も遠い場所にありそうな音楽シーンのど真ん中に殴り込みをかける。奇異なるものという冷たい視線をものともせずに実力を以てそのステージをどんどんと駆け上がっていく様は、エンターテインメントとして上質なだけでなく、さくら学院と同様にパフォーマーの成長過程を観察する事も一つのエキサイティングな楽しみ方だったのではないでしょうか。その成長物語の一つの区切りとなったのは、言うまでもなく2016年9月の東京ドーム公演です。その時点で、実年齢からは想像もできないほどの大きな経験を積んできた3人の少女は、既に一流のアーティストして認められるべき実力と経験値を持っていました。

 

そして、YUIMETALが初めて欠席した2017年12月の『LEGEND S』公演に添えられた「洗礼の儀」というサブタイトルが大きなヒントになるのではないかと考えます。本来ならば当然YUIMETALもステージに立つはずであったこのライブは、SU-METALの生誕の日を祝うものであると同時に、その後のBABYMETALのアートの方向性も示唆したものだったのではないかと思うのです。SU-METALの成人を区切りにBABYMETALは「アーティスト」としてもう一度生まれ変わり、3人のパフォーマーの年齢と経験に相応しいビジュアルに変化すると共にに、これまでとは異なるアートの領域に足を踏み入れる決意である、という事を。

 

METAL RESISTANCE EPISODEⅦはその当時に重なって起きた様々な外的要因も鑑みた表現になっており、「洗礼の儀」以降のBABYMETALがストレートに求めたものではなかった可能性が高い。だとすれば、2019年こそ、今のBABYMETALの真の姿が明らかになる年なのかも知れない、とも考えています。もちろんそれが、僕の予想を完全に覆す「カワイイ」にメーターが振り切った表現になる可能性も決してゼロではないと思っています。もしかすると2018年のBABYMETALがやったことは、ある意味で彼女たちを象徴する価値観であった「ナンジャコリャ」の極北…何が起きても不思議ではない、というイメージを植え付けたことだったのかも知れません。そしてどんな時でもBABYMETALにとって重要なのは前へ進む、その一点なのだと信じています。

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画像引用:音楽ナタリー