BABYMETALとさくら学院に出会った

いろんなテーマで、BABYMETALとさくら学院への愛を語ります。

さくら学院のこと。③ ~The Road To Graduation 2018 Final~

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その日、関東では桜が満開になりましたが、朝は身を切るような冷たい風が吹き花冷えという言葉がぴったりでした。2019年3月30日土曜日。神奈川県民ホール(大ホール)で、2018年度のさくら学院を締めくくるライブであり、中等部3年の麻生真彩さん、新谷ゆづみさん、日髙麻鈴さんがグループを卒業する「卒業式」でもある『The Road To Graduation 2018 Final ~さくら学院2018年度 卒業~』が行われました。僕は2017年度に引き続き2度目の卒業式参観となりました。 

 

 セットリスト 

1.目指せ!スーパーレディー ‐2018年度‐ 2.Hello! IVY 3.FLY AWAY 4.Fairly tale 5.C'est la vie(美術部 Art Performance Unit trico dolls) 6.スペシャル☆メドレー(帰宅部 sleepiece) 7.ピース de Check!(購買部)8.clover(中等部3年/新谷ゆづみ、麻生真彩、日髙麻鈴)

 

9.未完成シルエット 10.Jump Up~小さな勇気~ 11.My Graduation Toss 12.スリープワンダー 13.約束の未来 14.Carry on

 

~さくら学院 2018年度 卒業式~

15.旅立ちの日に 16.See you…

  

(*セットリストおよび写真は「音楽ナタリー」様より引用させて頂いています)

natalie.mu

 

◆継承

開演時間の17時少し前に真彩さんゆづみさん麻鈴さんによる公演の注意事項、通称“影ナレ”が入ります。卒業を目前にして様々な場所で息の合ったトークを聞かせてくれた3人。この日のナレーションは録音でしたが、「ちゅうさんずがお送りしまあ〜す!」というユルい3人の声に、肩に力が入り過ぎていた僕も少しリラックスすることができました。そして開演前SEのAlan Walker「Alone」(「離れても一緒にいる 私は独りじゃない」という歌詞が印象的)が終わるとお馴染みの「Kiss Me Again」からチャイムの音が鳴り響き、さくら学院2018年度最後のライブが始まりました。

 

1曲目は「目指せ!スーパーレディー ‐2018年度‐」。担任の森ハヤシ先生を進行役に、12人の生徒が自己紹介をするノベルティ的な色の強い曲です。この曲は単なる賑やかしではなく、12人全てで異なるアクション、激しく緻密な立ち位置移動やボックスの取り扱い、ポーズをとったまま静止しつつ歌パートを担う黒子的役割のメンバーなど、実はパフォーマンスとしてのレベルがかなり高い楽曲です。最も印象的だったのは、けん玉のアクションが入る八木美樹さんのパートでした。「真彩ちゃん、特技のけん玉、譲って!」という美樹さんに「いいよ!じゃあ最後に一緒にやろっか!」と返す真彩さん。この時ステージ上のモニタにはオリジナルの「じゃあ、今年も一緒にやろっか!」という歌詞が映し出されていて、恐らくこれは真彩さんのアドリブです。特技のけん玉を美樹さんに取られそうになり、柔らかく抵抗をしていたのに、卒業を目前にして気持ちいいほどシャキッとした「いいよ!」を返すのです。さくら学院生としてけん玉を見せるのはこれが最後になる真彩さんが、正式に美樹さんにけん玉芸を譲った瞬間。ライブ冒頭から心を打たれます。

 

続いて会場が桜色のフラッグに包まれた光景と、ラスト近くの藤平華乃さんの伸びやかなソロが印象的な「Hello! IVY」、メンバー全員による挨拶と短めのMCに続いて、美樹さんの流暢な曲振りから「FLY AWAY」へ。僕はこの曲で田中美空さんに目を奪われました。一階席の最後方近くに座っていましたが、彼女はパフォーマンスの大部分でフォーメーションの後方に位置していたにも関わらず、僕の居る場所まで十分に届く、肉眼ではっきりと判るほどダイナミックなダンスを魅せてくれました。腕を高く上げる部分で目立つ手足の長さ。激しく速く、でも関節は滑らかに動き、首を大きく振って長い黒髪が美しく舞い乱れていました。その姿はあの映像の中で観た、舞浜アンフィシアターで「FLY AWAY」を踊っていた小等部時代の吉田爽葉香さんにも重なりました。

 

モノクロームのエンディングから一瞬の暗転ののち、「Fairy tale」がスタート。出だしから会場全体でハンドクラップが起こります。「FLY AWAY」では美空さんだけでなくセンター前面に出る美樹さんと野崎結愛さんも素晴らしいダンスのキレを魅せてくれたし、この「Fairy tale」でも小等部6年の2人とそして白鳥沙南さん、野中ここなさん、結愛さんの転入生たちがとても楽しそうに踊っていたのが印象に残りました。序盤の4曲では上級生の安定感に支えられて弾けるように個性を発揮する中等部1年以下のメンバーが目立ち、彼女たちが新たなさくら学院を確かに継承していく姿が見えた気がします。そして「Fairy tale」のラストを彩るリフレインの部分。麻鈴さんの「最後のタオル回しです!ついてきてください!!」を号令に、会場を埋め尽くした父兄さん(さくら学院ファンの愛称)たちは一斉にタオルを回します。マイクを通した中3の煽り、特に麻鈴さんはほとんど叫ぶように呼び掛けていて、大きなホール全体をタオルの波が激しくうねり、飲み込んでいました。最後の数秒間で全員がタオルを置きすぐさま立ち位置に戻って美しくポーズを取るエンディング。瑞々しく、溌剌としたライブの序盤でした。

 

◆祝祭

1年間を振り返る「歩みの映像」が流される中で衣装替えと転換が終わり、ここからは部活動ユニットも登場する中盤です。まずは蓄音機から流れるようなスクラッチノイズの音に導かれて、「C'est la vie」のイントロがスタート。森萌々穂さんをリーダーに、ゆづみさん結愛さんの3人から成る美術部 trico dollsが登場します。この曲には印象的な詞のフレーズが幾つもありますが、例えば

 “ C'est la vie 恐れないで C'est la vie 違うことを 

 単純じゃない私たちの 強いコントラスト ”

という部分。人生はアートという楽曲のテーマと同時に、個性を尊重しそれを表現していくさくら学院での活動そのものを示しているようにも思えます。学院祭では間奏部分で3人がモニターに「t・d・l」の文字を描くヴィジュアルパフォーマンスがありました。この日は映像がゆづみさん真彩さん麻鈴さんの名前をデザインしたものに変わり、その間にゆづみさんがステージセットの裏に下がって桜色の花のブローチを持って現れ、それをみんなの胸に着けるという凝った演出になっていました。のちにこれは萌々穂さんが自ら考えたという事が明かされていましたが、ゆづみさんへの気持ちが出発点となったこの演出は、彼女のプロデュース能力と秘めた熱い想いが形になった場面だったのかも知れません。

 

 もう一つ印象に残ったのは結愛さんのダンスが学院祭から更に進化していたこと。経験が少なく身体も小さい彼女が少人数のユニットに溶け込むのは、きっと想像以上に難しいことなんじゃないかと思うのです。しかしながら彼女はこの美術部のパフォーマンスで、先輩二人との経験差をカバーして余るがんばりを見せていました。そしてエンディングの場面では3人がイントロと同じく眠りにつくポーズをとるのですが、下手側の結愛さんはまるで本当に眠ったようにポーズをとり続けていて、萌々穂さんが “起こしに” 行くまで動きませんでした。きっと、それくらいパフォーマンスに集中していたのでしょう。ポーズを解いてセンターに戻った時、ゆづみさんがくすりと笑っていたのをよく覚えています。

 

trico dollsの3人が舞台から去ると、続いて部活動のイントロダクションの映像と音楽が流れます。会場はざわつき、そして『sleepiece』のロゴが映し出されると喜びと悲鳴が入り混じったような大歓声が。セットのバルコニー部分にパジャマ姿の3人。ピンクは真彩さん。黄色は華乃さん。そして緑はなんと麻鈴さんです。“卒業式スペシャル” の帰宅部 sleepieceのパフォーマンスは、「スイミン不足」でスタートしました。身体の小さい女性とはいえバルコニー型のステージは3人が立って踊るにはいささか小さく、柵も設置されておらず怖いと思うのですが、身体能力抜群の3人は軽やかにして表情豊かに踊ります。そしてショートバージョンの「スイミン不足」のエンディング、麻鈴さんの「もう一曲やるよ!!」の声と共に3人がメインステージに駆け降りてきて、会場には「めだかの兄妹」のイントロが鳴り響いたのでした。

 

この日最大の祝祭感がこの瞬間にあったと言ってもいいでしょう。ブーストする低音にキック、キラキラのウワモノが飛び交うバックトラック。舞台では、パステルカラーのパジャマに身を包みパンダのルームシューズを履いた、僕が知る限り最高レベルの美少女3人が踊っています。2018年度さくら学院のパフォーマンスTOP3が歌う新録音の「めだかの兄妹」はヴォーカルのパワーも凄まじく、しかも一切の容赦なく、バキバキのダンスを見せつけるsleepieceの3人。破壊力があり過ぎて抵抗し難い真彩さんの「にゃんにゃ〜ん!!」という煽りに応え、怒号のようなレスポンスを返すホールの父兄さんたち。最後方から見渡すその光景はまさに非日常的で、卒業式という特別な時間における、間違いなく 「動」 のクライマックスだったと思います。

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(出典:音楽ナタリー)

 

興奮が冷めない中、続いては購買部が登場。爽葉香さんと有友緒心さんによるコンビは2016年から数えて4年目に入りました。お互いに「3ガールズ」のメンバーである2人が登場した瞬間から、その美しさに目を奪われますが、見惚れる間もなく作り込んだコント仕立ての商品紹介が始まります。2人だけで考えた台本を2人だけで披露する。想像以上にプレッシャーだと思うのですが、もはや手練れと言ってもよい滑らかさでトークを回す爽葉香さんと緒心さん。「ヘッドマーク・ピンバッチ」紹介でのやり取りは秀逸で、2人の掛け合いは絶妙なテンポで進みます。「色褪せないフォトセット」の紹介に絡めて卒業生に「今までありがと~!!」と全力で叫んだ後、「ピース de Check」をパフォーマンスして部活動ユニットのコーナーを締めくくりました。

 

部活動のパフォーマンスが終わると、舞台には卒業を迎えた3人が現れます。「せっかく3人でステージに立っているので、私たちの出会いについて話したいと思います」というゆづみさんの振りから、3人は自分たちのことを語り始めました。真彩さんと麻鈴さんは幼い頃から仲が良かったこと。ゆづみさんがさくら学院に入ってからも話す機会があまりなかったこと。中2の終わり頃に3人でご飯を食べに行ったこと。そこで踊りたい曲をノートいっぱいに書いたこと。それがいくつも実現して嬉しかったこと…

 

そして、真彩さんがあの転入式での出来事を持ち出し、「わたしとゆづがお互いに接しにくくなった時、麻鈴が居たからこそ仲良くできたし、3人の絆ができたと思う」と言ったのです。2018年度を語る時には避けて通れないこの話題を卒業公演の舞台上でユーモアをまじえて語り、しかも最終的には麻鈴さんに救われたという着地にする。2018年度を象徴するような場面だと僕は思いました。「clover」には “優しさだけじゃ繋がれなかった” という詞が登場します。他者への優しさに満ちていた3人は常にその優しさを保ちながら、お互いの気持ちを素直にぶつけられるようになって、本当の信頼を築けたのではないでしょうか。暖かい関係性はラジオでの語り、FRESHの生放送、そして3月26日の『放課後アンソロジー』でも、充実感溢れるリラックスした空気としてこちらに伝わってきました。

 

80年代〜90年代の空気を匂わせるサウンドと切なくも力強い歌詞が素晴らしい「clover」。3人だけで踊るダンスは、冬以降急速に深くなっていった彼女たちの信頼関係が顕わされたような距離感とアシンメトリーな振り付けが印象的で、ゆらゆらと情感が強調された手指の動きもあって「舞う」という表現が合っているような気がします。最初のサビでは、真彩さんとゆづみさんのヴォーカルが少し不安定になったように僕には聞こえました。ステージに近い席で観ていた中には、真彩さんがこのあたりから泣いていたのではないか、と言う人もいました。僕にははっきりそうと分からなかったのですが、特に真彩さんとゆづみさんが感情を昂らせているのは感じていました。

 

クローバーの葉を思わせる緑の照明の中で、3人がそれぞれの目指す未来を見据えるエンディング。そして溢れ出した想いがステージの上に満ちたまま、ライブは後半へと続いて行くのでした。

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(出典:音楽ナタリー)

 

 ◆完成

さくら学院を知ってまだ日が浅い僕でも、あの切ないピアノのインテルメッツォ、そしてオルゴールのイントロが特別なものである事はよく分かっています。さくら学院の素晴らしい楽曲群のなかでも指折りの名曲である「未完成シルエット」。この曲が卒業式のステージで披露される時間は常に特別な数分間であり、同時にこの12人で踊り歌う時間が、確かに残り少ないものになっている事を観ている側に気付かせるのです。「未完成シルエット」にはスポットが当たる印象的なソロが多く設定されています。この日のパフォーマンスでは、「じゃあまた明日」を緒心さん。「置いてかないで」を美樹さん。「いつもありがとう」を爽葉香さん。最後の「バイバイ」を真彩さんがそれぞれ歌い上げました。また、落ちサビに入る「一生…」を痛切に歌ったゆづみさんの声も、とても心に残りました。

 

卒業式のクライマックスでは毎年のようにさくら学院歴代の名曲群が続くのですが、2018年度のセットリストも過去に劣らず素晴らしいものでした。「未完成シルエット」に続いてパフォーマンスされたのは同じく2013年度の代表曲である「Jump Up ~小さな勇気~」。歌詞も旋律も美しく、それでいて実は非常に激しいダンスも伴うタフな楽曲です。特に2番のサビを全力で踊った後、カノンの旋律に導かれて始まる合唱パートは圧巻。呼吸を整える間も無いはずなのに、乱れることもなく凛として響く12人の「声」に打たれ、自然と涙が流れ落ちます。ミラーボールの光が星のように降り注ぎ、ステージだけでなくホール全体を包むようにも見えた照明の演出も感動的でした。

 

ここで昂った感情を少し落ち着かせるかのようにMCが入ります。真彩さんはトークになれば努めて明るく楽しげに振舞っているように見えました。ここまでのライブを振り返り、爽葉香さんの曲振りからこちらも卒業式の定番「My Graduation Toss」へ。全体を引っ張る真彩さんの力強さ。ブレスまで繊細に伝わる麻鈴さんのソロ。そして各々が個性を爆発させながら、チームとしての一体感も強かった2018年度の色が楽曲にとても合っていて、白眉のパフォーマンスでした。常に感動を呼ぶ「最後まで笑顔じゃなくてごめんね」のパートは華乃さん。真彩さんとの強い抱擁と思わず乱れた歌声も、2人の関係性を知っているからこそ、一層エモーショナルな場面となりました。 

 

空気を一変させて、次は2階建てのセットが映える「スリープワンダー」。おとぎ話の世界に迷い込んだ少女、ウサギや猫のアクションが振り付けに組み込まれお芝居の要素をたっぷりと含むパフォーマンスは単なる “楽曲” を超えたような奥行きのある表現世界をステージ上に描き出します。表情豊かにチシャ猫を演じる真彩さん。ゆづみさんの渾身の演技から始まる中盤のダイアローグ。数十秒間の台詞回しの後、結愛さんの「教えろー!」に重なる麻鈴さんの神々しいソロ。そしてラストでは中3がソロを繋ぐ場面があるのですが、ここで真彩さんが歌を飛ばすというハプニングが起きてしまいます。パフォーマンスが終わり、次の立ち位置に着く移動の時に、緒心さんが真彩さんに何か言葉をかけたように見えました。

 

続いてシンフォニックで力強いシンセのイントロから、「約束の未来」。9月のスタンディングライブで今年度初めて披露された時には、フロアを驚きと喜びで埋め尽くしました。直線が強調された振り付けが端正に揃うダンス、そしてフラッグ使いが美しいこの曲は、2018年度のパフォーマンスを代表する一曲だったようにも思います。そしてここで再び真彩さんのMCが入ります。「次で最後の曲です」と語り始め、簡潔でありながら心のこもった言葉で1年を振り返り関係する人々に感謝を捧げたこの曲振りは、まるで真彩さんからの短い答辞のようでした。「支えてくださった人たち、そしてわたしが大好きなメンバーのことを想って歌います」という言葉から、囁くように静かな声で「Carry on」という曲名が告げられました。

 

「Carry on」が持つ不思議な強さの正体は何だろう、と僕はこの曲を聴くたびにいつも思います。例えば「My Graduation Toss」は弾ける軽快な曲調とウェットな歌詞とのコントラストが印象的ですが、対照的に「Carry on」はサウダーデとも言うべき抒情的な曲調に対して、歌われるのは迷いながらも確かに未来へ歩を進めようとする強い意志です。「アイデンティティ」や「My Road」(同じくcAnON.さんの作品)でも描かれた綺麗ごとに終わらない彼女たちのリアルな心情、聴く者の深い部分を抉るような鋭さが、聴くたびに強く心に残るのです。そしてまた「Carry on」は、過去のさくら学院の名曲と比べてみても「歌」に重きを置いた楽曲であるように感じます。それぞれの個性を発揮したソロで中3から中2へと繋がれるテーマ。12人で唄う力強いサビ。中盤のブレイク前に入る萌々穂さんと緒心さんの鮮烈なソロ。そしてウクレレのインプロビゼーション後のゆづみさん、麻鈴さん、真彩さんの歌唱はまさに2018年度の「歌」の極点であり、そこからまた12人のユニゾンを経て、波立った水面が穏やかになる凪のようなエンディングを迎えます。月明かりを思わせる照明とスモークの演出による幻想的な雰囲気の中、この日も最後の残響が消えるまで父兄さんたちはステージの上の12人を固唾を飲んで見つめ、そして大きな大きな拍手が起きました。

 

卒業公演の後半部分は感情の昂ぶりも影響したのか、幾つかのミスやパフォーマンスが不安定になる瞬間も見られました。ステージ上においては徹底してプロフェッショナルである事を求められ、本人達もその境地に限りなく近づくことを常に目指すさくら学院のメンバーにとって、この日のパフォーマンスの出来は決して心から満足できるものではなかったかも知れません。しかし、規律と鍛練のすき間から感情がはみ出し、ほんの少しいびつな姿を形作る瞬間、観ている側の感動が予想を大きく超える体験になることもあります。僕は9月からずっと、2018年度のパフォーマンスの魅力の核は作り込んだ外郭からはみ出る人間臭さにあると感じていたし、その意味では、不安定で浮き沈みがあって、でもどうしようもなくソウルフルで感動的だったこの数十分間は、僕にとっては紛れも無く2018年度の「完成形」だったと思っています。f:id:poka-raposa:20190414212120j:plain

(出典:音楽ナタリー)
 

◆終幕

12人のメンバーが去り、舞台転換がおこなわれたステージでは「卒業証書授与式」が執り行われました。証書を受け取る卒業生たちの表情は、どんなにお金をかけてもテクノロジーが進化しても「造り出す」ことは出来ないと思わせるもので、この瞬間も紛れもなくライブの一部なのだと実感させられます。今年度、在校生代表として送辞を読んだのは藤平華乃さんでした。とにかく元気で末っ子感が強いと思っていた華乃さんも、15年度から数えて4年の在籍。冷静な俯瞰の視点を持ちつつ母性を感じさせる暖かいメッセージを卒業生へ送ります。転入以来の盟友である真彩さんへの言葉は、彼女自身が真彩さんの卒業を受け入れたくないという気持ちと、同時にミュージシャンとしての真彩さんの未来への大きな期待が綯交ぜになり、観ている者の心を打つものでした。

 

そして、いよいよ卒業生による答辞です。2018年度の生徒会長である新谷ゆづみさんがマイクの前に立ち、涼やかによく通る可憐な声で、答辞を読み上げ始めました。彼女は感情の機微を聴き手側に色鮮やかに伝える話し方ができます。何気ない事をただ言葉にするだけでも、センテンスの中で微妙に、繊細にトーンを変えることで彼女の想いがとても細やかに伝わるのです。これは確かに優れた「表現」だ、と僕は思いました。答辞の中で在校生一人一人への語りかける部分。今年度転入してきた3人。小等部を卒業する美樹さん。妹的な存在で特に親しかった美空さんへの「みく」。そして、次年度を担う中等部2年のメンバーへの声。彼女は全て微妙に声色を変え、そこに自身との関係性や様々な想いを全て込めたかのような声で語りかけていました。

 

僕の心に突き刺さったのは、萌々穂さんへの言葉です。

 

「いつも冷静で頼りがいのある萌々穂は、

 もっと…  人を頼っていいと思います。」

 

それは、厳しさと表現してもよい、強い声でした。しっかりしているから、と頼られ、本人も自覚していたからこそ、誰にも言えない孤独があったかも知れない萌々穂さん。2019年度に彼女自身とさくら学院が真の意味で成長する為に、本当に必要なものは何か。ゆづみさんは、たったこの一言でそれをはっきりと示したのではないでしょうか。僕はこの瞬間、ほとんど声を漏らすほど嗚咽していたと思います。厳しい、頬を叩くようなゆづみさんの言葉は、しかし、限りなく深い優しさに満ちていました。

 

読み終えた後に場の空気をいっぺんに柔らかくする “サプライズ” もあった素晴らしい答辞は、ゆづみさんの人柄そのもののようでした。続いて倉本美津留校長が式辞を。そして森ハヤシ先生からの言葉と式は続きます。担任として、「大人」として、そして時に観ているこちら側の気持ちも代弁してくれるような森先生の挨拶はいつも感動を呼びますが、今年も心に響く言葉に涙する人は多かったことでしょう。転入式での出来事とその後の彼女たちの振舞を見て「自分も一緒に傷ついてやらなきゃ」と思ったこと。そして人はいくつになっても成長できるのだから、みんなは卒業した後もさくら学院のメンバーなんだ、という言葉。森先生だからこそ言える素敵なメッセージだったと思います。

 

卒業式を終えて生徒たちが舞台袖に下がり、舞台上にはピアノが設置されました。椅子には昨年もピアノを弾いた吉田爽葉香さんが座り、「旅立ちの日に」の演奏がスタートします。美しいのはピアノの音色だけはでなく、短いその瞬間を惜しむように感じ取ろうとする表情、たゆたう指先、そしてピアノの演奏が終わりテーマ部の歌唱が始まるまで座って待っている時のピンと伸びた背筋。爽葉香さんの内面から溢れる美しさ、そしてさくら学院の美学が感じられる場面でした。「旅立ちの日に」と、そしてゆづみさんの「2018年度、ラストです!!」という叫びから始まった「See you…」の2曲。終幕が間近に迫っていることを実感する生徒たちは、感情の揺れを必死に抑えつつ最後の最後まで「表現」を続けます。必死に「表現」を続けながらも、残り少なくなった時間の中で交わされる視線。掌が合わさる音。震える声。どの年度でも、何度観ても、心を鷲掴みにされ揺さぶられるようなシーンが続きます。そして、2018年度の歌声は、最後まで力強かった。「See you…」を歌い終えた12人を見ながら、ぼうっとした頭でそんなことを考えていました。f:id:poka-raposa:20190418082550j:plain

 (出典:音楽ナタリー)

 

 ◆2018年度

卒業式を挟んで16曲を演じ切った12人がステージに横一列に並び、この日の締めくくりとして、在校生から卒業生へ。そして卒業生から在校生を含む全ての人たちへの言葉が贈られました。在校生からの言葉の後、初めにマイクを握ったのは日髙麻鈴さんでした。「最初はわたしです」と、4日前の放課後アンソロジーで進路発表をした時と同じ言葉。このウィットは間違いなく彼女のセンスです。4年間のさくら学院での時間で、何度も辞めようと思ったと告白した麻鈴さん。きっと彼女は自分の中で育てた音楽の、ダンスの、そして演技や絵画のイメージを上手くアウトプットできない時期もあったのではないでしょうか。麻鈴さんのような才能を誰もが持っている訳ではなく、容易く理解されないこともあったかも知れません。そしてそれが疎外感に繋がったことも…。その意味で2018年度にはみだせ!委員長という “居場所” を手に入れ、確たるものになりつつあった個性を更に爆発させ、大きく成長したのは彼女にとって幸せなことだったと思います。そして、その中でミュージカル女優という夢を見つけ、それに向けて歩み出した。これは、もしかすると日本の「芸能」にとっての大きな幸運となるかも知れない。大げさではなく、本当にそんな事を思ったりしています。

 

トーク委員長として、この1年間で表現者としても人間的にも飛躍的な成長を見せた麻生真彩さん。しかし、この最後の挨拶では感情が次から次へと溢れ出し、本人も言ったように「上手く話せない」ことがかえってリアルに感じられました。ほんとに、という言葉を何度も何度も繰り返すその姿は、まだまだ幼かった頃の彼女を思い出させるようなものでした。真彩さんはミュージシャンを目指します。その進路発表の時に彼女が語ったのは「(あるアーティストさんの言葉のように)観ている人に夢や希望を与えるだけではなく、観ている人たちの心を動かしてその人たちが誰かに夢や希望を与えられるような」アーティストになりたい、ということでした。僕は彼女もまた、さくら学院というアーティストに動かされて自らその道を目指しステージに立った人であり、間違いなくそのステージで、そしてステージ以外でも彼女自身の成長を通して、多くの人の心を動かしているアーティストだと思っています。もう既に目指すその場所の入り口に立っている、と言ってもいい。しかし真彩さんは勿論そんな事は思っていないし、どうやら彼女は自分自身に簡単には満足などしない人のようです。常に成長を望む真彩さんが、素晴らしいアーティストとして再び僕たちの前に現れる日はそう遠くはないでしょう。

 

 最後にマイクを取った新谷ゆづみさんは、涙で顔をくしゃくしゃにし、時にしゃくりあげるようにして言葉を紡ぎました。彼女がなかなか自分に自信を持てない性格であることは、公開授業や日誌、配信番組などからも伝わっていました。この最後の挨拶でもゆづみさんはさくら学院に転入してきた頃の自分を「歌もダンスも何もできず、自分に自信が無かった」と評していました。確かに、さくら学院での3年間で彼女が得たものは大きく、急速に成長したかも知れない。でも、3年前の彼女は本当に何も持っていなかったのでしょうか。僕は3年前の彼女をリアルタイムで見てはいないけれど、決してそうではなかったはずだと思っています。きっと、ゆづみさんには、見えない所で誰よりも努力できる辛抱強さがあった。努力を自分の為にだけでなくチームの為にできる献身性があった。「些細なこと」を豊かに色付けて自分のなかに吸収する感性があった。その些細なことからイメージを膨らませ、声で、視線で、細やかな動きで表現する力があった。表現をすることでそれを誰かに伝えたいという強い気持ちがあった。何よりも、些細な事や細かなこと、周りにいる人の気持ちや想いをヴィヴィッドに感じ取る「目」と「アンテナ」があった。それらは全て生徒会長として作り出してきた2018年度さくら学院の色に繋がっているし、女優・新谷ゆづみとしても大きな武器になるはずだと思うのです。ゆづみさんは持って生まれた才能とさくら学院で手に入れた経験を武器にして、表現者として更なる成長を見せてくれるに違いありません。

 

真彩さん、麻鈴さん、ゆづみさんがマイクを通さず彼女たち自身の声で会場へと叫んだ「ありがとうございました!!」という言葉で、この日の全てが終わりました。会場の外へと出ると、真っ暗な空からはいつの間にか冷たい雨が落ちていました。知己の父兄さんたちと語らい、僕は家路に着きました。家に帰り時計に目をやると、既に0時を回り日付は変わっていました。時間は続いてきて、続いてゆく。2019年度がスタートするまで、もう24時間を切っていました。

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